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上州城攻め

連休中に再び城攻めをしてまいりました。
今度は群馬県の沼田城と箕輪城。

沼田城はかつて真田幸村の兄、信之の城でした。
父・正幸は関ケ原において兄弟を東西に分け、どちらが勝っても家が残るように画策しました。そのため、信之は父・弟と敵対することになりました。
そんな中、この沼田城の近くまで来た正幸が「孫の顔を見たいので会わせてくれ」と頼みます。しかし信之の妻・小松姫は夫不在の城を守るため、その要求を呑みませんでした。(実際、正幸がそれを口実に城を乗っ取ろうとしていたという説もあります)
しかし、それだけで終わらず、後に別の場所を設けて孫との対面をさせたという賢夫人・小松姫の逸話が残る城がこの沼田城です。

恐らくこのエピソードは来年の大河でも取り上げるでしょうし、その下準備なのか、あちこちに新しい旗(六文銭)や立看板が見られました。


……ん?





何か微妙に違う気がします。
大河関係ねえ!
(ちなみに小松姫・壱はあるのでしょうが見つかりませんでした)

城跡はほとんど跡形もなく、平らにならされた公園になっていました。一応、鐘楼だけは再建されておりましたが、本物の鐘はどこかの公民館にあるらしく。え、公民館……?
資料館とかに展示されてないんですか(困惑)

↑鐘楼

段差などを歩いてもいいようにウォーキング向きの靴に履き替えたのですが、日当たりが意外と悪いらしく、雪と泥の悪路で、ブーツのままで行けば良かったと思いました。染みてきます(汗)

写真は撮りませんでしたが、なぜか動物や鳥の檻がいくつも並び、孔雀やインコ、猿、ツキノワグマなどがいました。(クマは冬眠中なのか、見えませんでしたが)


さて次は箕輪城。こちらは百名城に名を連ねており、それだけにかなり手入れに気合が入っていました。

武田の猛攻を何度も退けた長野業正の城です。が、「長野」氏に「箕輪」城なので、結構長いこと長野県の城だと思っていました(苦笑)

箕輪城の遺構は非常に広く、空堀もかなり深くて、これなら武田の侵攻も防げるなと感心していたのですが、実際にはこの厳重な縄張りは江戸期に入ってから井伊直政が手掛けたそうです。あらら。


沼田よりも残雪がなく、冬場で雑草も枯れているのでかなり歩きやすくなっていました。今の時期、雪さえなければ城攻めには向いているかもしれませんね。

保全活動なのでしょうが、ショベルカーで現代的にかなりがっつり削られているのが気になりました。あと、人が誰もいないのになぜかトイレが異常に多いのも気になりました(苦笑)
バイオマスでエコの実験も兼ねているのかもしれませんが、広い駐車場(スカスカ)にさらにまたトイレを建設中でした。いったいいくつ作るんだ(笑)

ただ、やはり知名度の差なのでしょうけど、春日山城は平日でも必ず観光客がいるのに、連休でも誰もいないのは結構寂しいものがありました。雰囲気は結構良いので、もうちょっと知名度が上がればいいんですけどね。

さて、今度は~どの城~陥せばいい~?(by戦国鍋)

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